2010年9月16日木曜日

限界無く、終わり無く

生きてます。

最近の悩みというか、生きている事自体が悩みなのだが、一番直近に解決したい悩みというのがある。
悩みは解決出来るかどうかで悩むかどうか決めるわけではないので、解決出来ない事なのかもしれないが、悩みは解決したいと切に願うのが凡夫たる所以。


下の部屋のうるささをなんとかしたい…。


ちょっと前まで上の部屋の御クソガキ共様たちの深夜の運動会に悩まされていたのだが、それが解決したと思ったら今度は下の部屋…。まぁ、集合住宅なのだから他症の音は仕方がないと思っているし、小さな子供ならば尚更だと言う事もわかっている。その許容分を差し引いても有り余る迷惑度。

ガス爆発したのかと思える衝撃が、寝ている枕の下から突き上げてくるわけだ。
何の前触れもなく始まり、そして、笑い声と共に終わり、さらに、突然に爆発する…。


これは以前からあったのだが、以前はそれでものみ込める体力と精神力があった。
今は違うし、事情が変わってきた。

上の部屋にも響いていて、私たちの部屋が音源だと思われているらしいことがわかった。今日。


上の部屋の住人には説明し、対処法を検討した。
下の部屋へ行って、連名で注意してもらうようにお願いに行った。


居留守を使われた…。
以前の上の部屋の母親と同じ対応だった。一応、手紙を入れてきた。


今、23:25。相変わらず笑い声と共に爆発音がする。親が怒鳴る声がする。外人の男が怒鳴りちらしている。あれ?たしか、母子家庭のはずだけど?あれ?もう1人男の声がする。


今日もヘッドフォンをつけて動画を見て乗り切る。
前回のように面倒事は嫌だし、それを切り抜ける気力もない。
今は目を閉じて、耳を塞ぎ、口を閉ざす。凡夫故に。


検査結果発表~!

先週、静岡の病院で行ってきた精密検査の結果が出た。
その結果が地元の病院へ転送されているというので、気怠い身体を引きずってバスに乗り(金穴は相変わらず…)、市立病院まで行ってきた。薬もなくなるのでついででもある。

検査結果を聞くためだけに2時間待ち…。
医師の診察は、聴診器と問診のみ。最近は血圧さえ機械で自己測定となっている。

検査結果が聞きたいだけなのだが、なかなか言おうとせず、ひたすらPCに向かって作業する医師。投薬量(処方箋)の希望を聞かれ、答え終わったところでやっと本命の言葉に遭遇した。

「ああ、着実に悪化してますね。もう一度、入院しますか?今度は病室が空いているから1ヶ月くらいで?」

入院するか?って聞く患者に、服用薬の希望を聞くのか…?

とりあえず、すぐに死ぬとか言うレベルではないようだが、普通は入院していてもおかしくないレベルだそうだ。
まぁね、家ではほぼ寝たきりだし、リハビリも体力増進の感覚よりも、HPを削られる感覚の方が多いのは確かだけどね…。


今は入院出来ない。
なぜなら、今の私の収入はほぼゼロであり、かすかに残ったスルガ銀行の定期貯金解約分と、ネットバンクに微々たる量残っているネットで稼ぎ出した残物(元金よりも少ないけどね…)があるだけである。前回の短期入院の費用も結構な金額だったし、今続けての出費はいただけない。

また、数字に頼ってギャンブルするしかないか…?最近、株価も為替も何とかなりそうな気配だし…。
いやいや、甘い言葉で稼いだ金の全てを失いかけたあの日を忘れてはいけない。
そう思いとどまって、優しき知人から受け取ったサイトのリンクをひらくのである。

前回、みたアニメの正式タイトルは“課長王子”とかいうらしい。なかなか面白かったし、オヤジを馬鹿にしているようで、励ましているような良いストーリーだった。
子供がいない私には良くわからない感情表現はあったが、とても面白かった。

そこで自分で見つけた面白そうなやつを見ている。
http://www.wat.tv/explorer/3125487
以前、見たいみたいと思っていたやつだった。“イブの時間”。

今日はこれを見ながら眠りにつく事にする。


着実に悪化している検査結果は頭の隅へ追いやって。

2010年9月14日火曜日

止まらない

昨晩、ここを書いてから始まったシャックリがとまらない…。

小学生の頃、シャックリが100回出ると死ぬという迷信を信じ込まされてしまっている私は、心の底から心配した。もう100回は優に超えているはずだし、もしかしたら、もう自分は死んでしまったのではないかと。

生きてますけどね。

とにかく、あらゆる方法を試した。
・鼻をつまんで水を飲む。
・背中を叩いてもらう。
・驚かせてもらう。
・耳の穴に冷水。
・息を止めて100数える。
・眼球圧迫。
・舌ベラを強く引っ張る。
・人にうつす。

最後のは違うような感じもしたが、それでも試してみた。
が、止まらない。

昼飯時、シャックリしたままだとラーメンは食べにくいという事を発見した。
トイレ時、シャックリのタイミングで尿が止まる事を発見した。
喫煙痔、とても煙というのは咽せるものである事を発見した。

色々な発見があったが、一番の発見は、“シャックリはとてつもなく体力を消耗する”という事だった…。

本当にシャックリで死ぬかもしれないなぁ。
と思っていたら、昨日のブログをみた友人がメールをくれた。
そこには、
これを見ろ。
オヤジ向けだ。
http://www.wat.tv/explorer/3747103
生きろ。とりあえず。
と書かれていた。


むかつきながら見ていたらシャックリが止まった。

でも、見るのが止められない…。止まらない…。
今、5話。後8話あるな…。
多分、夜中まで見るだろう。死ぬかもしれない…。目が…。

2010年9月13日月曜日

古いものが

なんとなくポンコツになってきました。

私もPCも。

私のPCは2003年のロゴが出るマシーン。未だにXPであるし、メモリは増設してあるものの、HDDの要領は60ギガバイトしかなく、外付けのディスクとDVDが主な記録媒体となっている。
すごく遅い。回線こそ光回線であるが、昨今のサイトは重たくてマシーンパワーを要するものばかり…。
動画サイトの動画なども“はいくぉりてぃー”のものが増えてきて、再生中にマシーンの悲鳴が聞こえてくる。

なんだか、すっかりポンコツ。

私は昭和生まれの、バブルをかろうじて経験した年代なので、昔の遊びが祟っているのか、最近(いや、昔からだけど)体調がすぐれず、病院の診察券の枚数と診察科目の多さは後期高齢者にも負けぬほど。
古傷で済まされていたはずの左足も、すっかり現役の疾病に加わり、四肢体幹頭部にまともな所など一ヶ所もないくらいになってしまった。
かろうじて脳内だけは思考が出来るくらいのレベルに落ち着いていてくれるものの、偏頭痛と不定期に襲いかかる眩暈により、客観的にはまともではない状態だろう。

いや、すっかりポンコツだ…。


これ以上ポンコツになったらどうしようと思っていたら、気のおけない知人に、
「ポンコツはどこまでいってもポンコツなんだから、生きていればいいんだよ。ポンコツも人によってはアンティークに見えるから大丈夫。」
と、なんとも気の利いた慰めともトドメを刺すとも受け取れる言葉をいただいた。

んー、ポンコツだな、完全に…。


ポンコツにはポンコツの生き方があると信じて。
今日も生きています、ポンコツだけど。

2010年9月4日土曜日

思いこみと勘違い

ああ、疲労が蓄積しております。
身体的疲労よりも、頭の疲労というか、精神的疲労の方が酷い事になっています。


リハ、上手くいっておりません。
ちょっと動くと他の所にひずみが生じるらしく、筋力トレーニングをしたら腎機能が悪化したようです。
ちょっとリハビリは休止という判断になりました。


いや、本当はダメなんじゃないの俺?って疑いたくなるような情けない有様…。
今日は昼過ぎまで寝てました。
ダメ人間の典型的な起床時間ですな…。


それからやる事もないので、「軽く散歩でも」と思い、公園までいこうと思ったのですが、なぜか外人サンに間違えられて知らないおばさんに怒られて帰ってきました。
そのおばさんの言う事には、
「いつもいつも大きな声で騒いで!後かたづけもしないで逃げてく!あんたたちブラジル人が来てからろくなことないよ!公園はみんなのものだよ!あんたらの会議場所じゃないんだよ!」

思いっきりブラジル人と思われたらしいです…。ああ、確かに今、奥歯が無いせいでろれつが回らないし、顔立ちもちょっと黒っぽくなってるから(そりゃあ肝機能が…)、サングラス書けてたらわからないだろうけどさ…。
“ブラジル人”ってひとくくりにしておばさんが怒ってたけど、ブラジルの人にもマナーをしっかり守るひとはいるわけで、“ブラジル人”=“マナー無し”って決めつけてるおばさんの考え方が、ちょっと前の自分に似ているようで落ち込んだ。あの頃の自分を人がああいうふうに感じていたのかと落ち込んだ。
だから、おばさんに一言だけ言って帰ってきた。
「俺、日本人ですけど、すいませんでした。」



ちょっと思うが、オバサン達は、日本語以外の聞き慣れない言葉を話す人を“ブラジル人”と思ってしまっている感がある。
でもね、“日系ペルー人”だってこの地域にはいっぱい居るし、どちらかというと“ペルー人”の人達の方が公園などでたむろしている。コミュニティーがないらしいから。
たぶん、あの公園でおばさんを怒らせたのもペルー人なのではないかと思う。

マナーをしっかり守っている日系ブラジル人の方、気を悪くしないでください。

2010年9月2日木曜日

思った事と記録

生きてます。
生きている事は生きているが、家族に言わせると、
「生きた屍のような、動きがあると言うだけの役立たず。」
らしい。えらい言われようだなと思いつつ、何の反論も出来ません。

昨晩は一睡も出来ませんでした。
思ったより、この周辺は騒がしいのだと感じました。
病院では、ぐっすりとは言わなくとも寝られたし、周囲の音や振動もうるさいとは思わなかったのです。救急車の出入りや、看護師さんの歩く音や話し声、同室の患者さんの鼾もうるさいとは思わずにいたのです。
が、我家に帰ってきて、下階の外人サンが深夜まで喋る声や、深夜にサンダルで階段を上り下りする音や、上階の足音が気になって眠れませんでした。

俺、神経症なのかもしれないなって思ってしまい、リハに言った時にカウンセラーの人に聞いてみたのです。
カウンセラーさんの返答は思いもしないものでした。
「元気のない人の出す音と、元気が有り余っている人の出す音は、同じ音でも思いやりが違うと思いますよ。元気のない人の出す音は、どことなく他人に対する思いやりや優しさが入っているからうるさく感じないのだと思います。」

はー、ちょっと感動する返答でした。
音に敏感になるのは私の個性上、仕方のない事なので気にしないで対処すればいいのではないかという話でした。安心し、帰宅してきました。


リハビリの記録。
歩行は15分ほどで息切れし、健康な人の6分の1ぐらいの体力らしい。
脚力は70歳ぐらいの筋力と言われた…。
やはり貧血の治療をしっかりしないとダメらしいが、休めば休むほど体力が落ちると言われた。
何故、頭が薄くならないのか?と真剣にPTの同年代の人に聞かれたが、「昆布、食べてます。」と嘘をついておいた。
明日も行かなければならないが、明日は午前中。

2010年9月1日水曜日

帰還

なんとか戻ってこられました。

今回は、日数的には少なかったものの、内容はハードでした…。

踏んだり蹴ったり


泣きっ面に蜂


弱り目に祟り目


夏の暑さで弱っていた事と、栄養状態が良くなかった事と、服用していた血液系の薬の影響により、化膿止めを飲んでいたにもかかわらず生検の傷跡が膿んでしまいました。
しかも、視力の弱い私はそれに気がつかず、持病の後遺症により痛覚の鈍った私は放置してしまいました。

怖いですね…。怖いですね…。
危なく外傷性腹膜炎とやらになるところでした。

トイレも行かせて貰えず、ずっとベッドの上で過ごさざるを得なく、隣にいたヲタ系の嚢腫で入院していた30男と親しくなってしないました。

お互い動けないのもありますが、入院中の楽しみと言えば会話ぐらいしかありません。(お互いに飲食制限があるため)
最近の“萌え系”アニメの話にはうんざりしたものの、昔のマクロスや、エルガイム、ダンバイン、ガンダムの話については盛り上がったりしまして…。

私は良く覚えていなかったのですが、ターンAガンダムが面白い・最高と強調し、iPodを手渡されてターンAガンダムを全話見せてもらいました。

ターンA、面白いな…。ちょっと癒された感じがしたな…。おれ、やばいかも…?


そんなこんな有り、今日めでたく退院して参りました。
明日からは、
「このままいくと、後1年くらいで歩けなくなるよ。ちょっとは歩く練習しなさい。」
という先生の言葉を守り、歩く練習をする事となりました。もちろん、暑さのない病院のリハビリ室でですが。
でも、リハビリ室のある病院までの道のりが遠いわけでして…。

意志の弱い私、どうなることやらわかりません。