2012年1月11日水曜日

オヤジのくせに

『そんな年甲斐もない事して…。』
と、昔、親父殿がお袋殿によく言われたような気がする。
私の死んだ親父殿は、54歳という年齢で死去したが、あの人の人生は充実していたのではないかと思っている。子供である私が勝手に思っているだけなのかもしれないが。

親父殿は『フーテン』であった。
フーテンであって、精神疾患の瘋癲ではない。『フーテンの寅さん』のフーテンである。
祖母がよく言っていたのだが、『あんたのとうちゃんは、昔はフーテンでしょうもなかったんだよ。』と言う台詞だ。その頃、私は親父殿が他の友達の親とは違うとは全く思っていなかった。
しかし違ったのだ。それに気がついたのは、私が中学生になった時だった。

それまで親父殿が普通だと思っていたのは、近所に住んでいる幼なじみの親と比べても変わった所がなかったからなのだ。小学生までは学区が狭く、付き合う範囲も狭かったため、比較対象が限定されていたのだ。中学生になると、隣の学区とも付合いが出来、比較対象が多くなった。
そして気がついたのだ。

私の親父殿はフーテンなのだ。私の親父殿だけじゃなく、私の幼なじみの親も同じくフーテンの一種なのだと…。

日曜日になると、時々親父殿が連れていってくれた静岡や小田原への小旅行は競輪場へ行くたもの言い訳だった事や、正月になるとお年玉をかけてやった親戚一同そろっての花札大会や、事あるたびに巻き起こる親戚一同まきこんでの大げんかなども親父殿や叔父が『フーテン』だったからである。それが『普通の日常』であると思いこんでしまっていたのは、廻り全てがフーテンだったからなのである…。

そんな中学生の頃に怒ったカルチャーショックを思い出してしまったのは、自分の姿を顧みたからである。
そう、今、私は『しょうもないフーテン』なのである…。
更に言うと、親父殿や叔父よりも質の悪いフーテンである…。
親父殿や叔父はしっかりと仕事をしていた。仕事をして、しっかりと稼いで家族を養いつつ、自分の好きな事をしていたのだ。最低限の義務を果たしていたわけだ。その証拠に、私は一度たりとも食事を抜かれた事がないし、学校で必要な物が買えなかったり、給食費を滞納した事はない。

私は今、『しょうもないフーテン』である。
体調を理由に仕事をしていなのに、競輪や競馬をしている。
一応、家賃や光熱費などは滞納無く支払っているが、それも貯金を取り崩してやっているだけで今後の事をなるべく長期で考えないようにしているから出来る事である。貯金が底をついた時、医者の想定よりも長く生きてしまったらどうするのかという事を全く考えていないのだ。こういう自分に都合の良い事だけは『お医者様の言う事に間違いはない!』と因果を丸投げしてしまっているのだ…。

でも、しょうがないのだ。
これが『フーテン』の正しい進むべき道なのだと親父殿が言っているのだから。
私が親父殿から受け継いだものが、親父殿が残していったモノの処理をしてくれるタイマーなのだと、なんとなく納得している今日この頃なのだ。

なんてな


グダグダと長文書いていたけど、正直に言えば、
『最近、競輪や競馬の運がないのも親父殿からの遺伝じゃないのか…?』
なんていう、『確率論を無視した運命論』みたいな事を考えちゃったので、日記のネタにしてみました。

えーと、確率論で語れない物って結構あると思う。
期待値とか効果値とか色々考えないで、純粋に確率論で考えちゃうと『あれ?』と思うような事が沢山ある。(個人的に)
計算式で叩き出せない物に計算式(方程式)を求めるのが山師(ギャンブラー)の常であり、勘だけでは張りたくない賭事好きは皆、陥る罠だと思う。

それにずっぽりとはまっております…。

ただいま、競輪競馬で11連敗中でございます…。
もうそろそろ余裕もなくなり、真剣に焦ってきたりして…。(汗)

運命論とかでストレスを逃してやろうかと画策したのですが、どうにも脳味噌が納得してくれないようなのですよ。私の精神は貧弱なのに、前頭葉連合野は何故か頑固一徹でございます…。
その頑固一徹さんを納得させるべく、私は最終手段を執りました。

運命に賭けました。
今日、ちょうど競輪のG3を和歌山でやっていたので、その10Rに適当に並べたトランプを引いて出た数字を組み合わせて投票してみたのです。もちろん、くだらないけど誠心誠意祈りを込めてトランプを引いてみたのです。

で、資金の都合上で組み合わせは11通り。
賭けたのが、2,7-1,2,7-1,3,7,9の11通り。

これで当たれば運命論者、外れれば非運命論者となる予定です。(ご都合主義…)
正直言って、当たって欲しいけど、当たらないで欲しい…。

ついでに、もう一つ…


大人気ない事書いておこう。大人気ないというか、年齢不相応というか…。

今期、アニメが不作すぎじゃないか?
去年までは『Working!!』とか『はがない』とか『ベントー』とかそれなりに楽しめたけど、今期は偽物語と夏目ぐらいしか見る物が無くなってしまった…。(銀は定番で除く)
やる事無い『フーテン』にとっての“豚アニ”じゃない“良アニ”って、大事な生活サイクルに組み込まれているものなのだ。それで週のサイクルを作り出していると言っても過言じゃないくらいの。(情けない…)

ああ、今日は月曜日だからあのアニメがあるな
とか、
ああ、このアニメが載ってるならば、今日は木曜日なんだな
とかなるわけだ。(更に情けない…)

偽物語もちょっと期待したよりは…、だったような。けれども、やはり他の物よりは視聴しやすく、“豚アニ”に劣化しない事を祈りつつ、夏目と共に楽しませて頂くことにした。

なんていう本当に大人気ない感想や愚痴でしめて終わる日記、いつまで書き続けられるか自分でも不安である…。
私が消去された後も残るのだろうなと想像すると、ちょっとだけ我が愛機PCの特定フォルダと共に消去したくなる今日この頃です。

2012年1月8日日曜日

ぽてち

物の価値というものは、需要と供給によって成立している場合と、個人の思い入れだけで決定している物がある。
その物の価値が適正であるか否かは、消費する側が判断し、適せいてなければそれを断固として拒否するぐらいの姿勢が大切であると思う。

のだが、
経済的社会の中でならばそれなりの力を持つ消費側であるが、ある限られたパワーバランスをもった狭い地域限定となると話は違うのだ…。消費する側が圧倒的な不利を被らなければならないのだ…。

価格100倍


今日、夕食を簡単にすませ、自室でPCを叩いていた。
明日は競馬がある。明日のシンザン記念に投票するため、ネットで競馬新聞を見ていた。
PCに競馬新聞を読み上げさせ、自分は簡単なメモを取りながら投票する馬を決めていた。
オリービン、トウケイヘイローなんとかかんとかと読み上げるPCの無機質な声を聞きながら、必死に頭の中で馬が走る姿を想像し、勝手に妄想をふくらませながら『取らぬ狸の皮算用』ならぬ『取らぬ馬の万馬券』を夢見ながらオッズと過去走履歴を往復していた。

人間って、物を考える時、口って暇になるんだよね…。

口寂しさというか、いつもならばくわえ煙草でPCを弄ぶのだが、残念ながら今日は煙草の懺数が少なかった。新年になって外出したのは1度きりである。知人のガキンチョにお年玉をぶち投げに言った時くらいなのだ。年末に購入した買い置きの煙草が切れ、明日の買い出しまで残り僅かな本数でやり過ごさねばならないのだ。
考え事紙ながら煙草を吸うのは、煙草にとっても、喫煙者にとっても、利のない行動なのだ。考え事している間、煙草はただくすぶり続け、杯に吸引されるニコチン量は通常の5分の1もないだろう。その為、考え事紙ながらの煙草の消費は5倍に増える。1本22円の煙草が、5本吸えば4本は無駄になるという勘定だ。
経済的に不安定な私。これは避けなければならない。煙草を吸いながら競馬の予想をするのは、パチスロしながら煙草を吸う行為以上に無駄が重なりすぎるのだ。

煙草の代わりに口寂しさを紛らわせる物が欲しい…。
そう思いながら、キッチンへコーヒーをいれに行った。
その時、いつもならば絶対に視野に入らない妹君専用保存食棚にポテトチップの赤い袋がはいっているのが見えてしまったのだ。

我家では、『己の食料は己で調達』という、野生の狼にも劣る個別主義的な掟がある。家族愛とか、値の繋がりとかは『食料と財布の中の金』に限って言えばないのだ。そう、はぐれ狼がたまたま同じ屋根の下で暮らしていると言うだけの関係なのだ…。したがって、各人各々の食料保管場所と言うのが存在し、他者はそれを犯す事は許されないのだ。

私は掟を破って妹君のポテチを自室へと持ち帰ってしまった。そう、軽い気持ちであった。『怒られたら金を払えばいいや…。ちょっとぐらい割高でも買いに行くよりは…。』と。

はぐれ狼の掟はそんなに生優しい物ではなかったのだ…。
とくに雌のはぐれ狼であろう妹君…。猛烈に怒り狂った。どうせ置いておくだけで食べる予定もなかったであろうものを、いかにも今日、そして今、すぐにでも必要不可欠な物のように設定して私を責めまくるのだ。

非はこちらにある。なにも言い返せない。相手の言いなりである。
弁済するという申し出に対し、妹君の提示した示談金は、福沢諭吉先生1人であった…。

カルビーのカスタマーセンターに電話しても解決しない問題ではあるが、なぜか無性にカルビーに対して怒りがこみあげてきた。
昔、走大昔にCMであったのだが、
100円でポテトチップスは買えますが、ポテトチップスで100円は買えません。あしからず
というフレーズのCMがね…。

私の妹君は、『ポテトチップで1万円を買った』のである。
私の財布は風邪をひいた。
これで明日のシンザン記念までハズレたらと思うと、なんであんな時間に競馬予想なんてしたんだろうと今年1年ぐらいは悩む事だろう…。

2012年1月7日土曜日

愚行

まったく愚かな行為というものは、質の悪いものである。
頭の中ではいけないと思っていても、身体の方は自然と行ってしまう。

愚行…。

行った後、行為を後悔するだけではなく、自分自身を罵りたくなる行為である。

おもいつき


何もしてなかった。朝から何も考えず、ただPCで動画を見ていた。
それがたった1通のメールを見てしまったために損をしてしまった。

立川競輪でG3を開催中だった。そのお知らせメールを見たとたん、どうしてもやりたくなった。
動画を見ながら、別のタブで競輪サイトを開き、なんの情報もなしに7~11Rに投票した。合計2000円。
結果、総ハズレだった。まぁ、仕方がないだろうなぁ。ただ『投票したい』という気持ちだけで賭けてしまったのだから。

明日から今日の負けを取り戻すため、ちょっとだけ真面目に投票してやろうと思っている。
これも『愚行』にならなければ良いなと、微かな不安が頭の隅を横切るが気のせいという事にしておこう。

2012年1月6日金曜日

注意報

正月ボケはしていないが、何かが心に引っかかっているような嫌な感じである。
こういう気分の時って、何をやっても上手く行かないもんだ。

趣味ではない、決して…


暇にまかせてPCで動画を見まくっている。
食わず嫌いで見てなかった物や、某サイトで見つけた懐かし動画をほぼ1日中見ている。

どうせ起きていられないくらい怠いのだから、起きあがっても仕方がないと自己弁解しながらね…。

それで現在見ているのが、
きんぎょ注意報
だったりする。

べつに趣味てはない。決して趣味ではない。そう、決してだ…。
でも、面白いかもしれない…。
現在、19話目である。
これで私の正月は終わるのだ。

2012年1月4日水曜日

まぎらわす

止まんねぇ…。いい加減にしろやぁ…。

太鼓様の音を耳下から聴きながら、とっても苛々しております。

デュラララ!


苛々を紛らわすために、アニメの連続視聴開始!
ブラウザのブックマーク整理を兼ねて、見てなかったリンクを順にたどっていく。
最初は『すもももももも~最強のヨメ』なるものを視聴開始。これ、絵柄的に『微妙…』だったので、知人からの『おもしろいからさ!』の言葉を聞き流してブックマークの肥やしにしていた。

さすがに連続で全てを見るような気分でなかったので、現在、12話まで流し見中なり。
結構面白い。だから、視聴継続決定。
つづいて見始めたのが、『デュラララ!!』というやつ。これも『なかなか理論的にも伏線的にも良い感じだから!』というマルチ商法の勧誘文句のような推薦文を流し、ブックマークへ…。

これ、以前見た『バッカーノ』というアニメに関係しているらしい。その『バッカーノ』は個人的に好みだったので期待して視聴開始。
面白いじゃないか!?
うん、食わず嫌いは良くないね。うん。

これで5日の競馬開始までの暇つぶしを確保出来たようだ。

苛々は消えなかったけどな…。

無学習

人間は、日々成長しているのである。
なぜならば、何をしていても時間は経過し、時間の経過は何であれ変化させるのだから。
変化は学習であり、学習は成長につながっていくから。
ただ問題なのが、
その変化が成長と呼べるかどうか?
が疑問ではあるけど…。

怒られても怒られても忘れる


人間は嫌な事を回避しようとする本能をもっている。
回避にも色々ある。その嫌な物を遠ざけるのも回避であるし、その嫌な物を克服するのも回避だろう。そして、物嫌な物を『嫌な物』と認識しないようにするのも回避になるだろう。

新年早々であるが、怒鳴ってしまった…。
いや、怒鳴ったつもりはなかったのだが、客観的に見れば怒鳴っていただろうなと思う。

階下の糞ガキンチョを。

まったく何度お願いしても、何度注意しても、何度怒っても、まったく変化がないのだ。毎日毎日、壁を叩いてドラムのまねごとし、毎日毎日大音量でピコピコビュンビュンとゲームをし、毎日毎日玄関ドアを蹴って開け閉めし、毎日毎日板張りの床を裸足で走りまわって、毎日毎日兄妹喧嘩をして強烈な悲鳴をあげ続けていた。

そう、去年の暮れから年を越して今日まで毎日である…。

まぁ、私も大人だからさ、『まぁ、正月だからしかたないよね。正月くらいならば…。』と思っていたわけなのだけど。それも限度があるわけですな、人間の許容量にはさ…。

ガキンチョを怒鳴ってしまってから4時間が経過した。現在時刻、22:40。

走り待っておりますよ…。大騒ぎしておりますよ…。壁叩いて、雄叫びあけてますよ…。

強烈に『日本の将来が心配である!』と叫びたい衝動にかられる新年3日目でした。

2012年1月3日火曜日

初夢

初夢って、31日の夜に見た夢なのか、1日の夜に見た夢なのか、正式に定義して欲しいな…。
個人的には1日の夜に見た夢というほうを支持しているのだけど。

夢と現実


まぁ、初夢が良かったとしても、決して現実世界で良い結果が待っているとは思えないんだけどね…。夢はあくまでも夢なんだしね…。

今年の初夢、はっきり覚えているけど、言いたくないくらいにくだらない夢だった…。

どうせならばエロエロな夢でも見れれば良かったのに…。

正月なのか…?


まったく正月という感じがしない…。
テレビ番組がつまらなく、新聞が配達されず、年賀状がポストに入っていたり、親戚知人のガキンチョがお年玉をよこせと我が砦に押し寄せた事以外で正月を感じないのだけど。
我家ではお節料理が廃止されて20年近くになる。親父殿がいなくなってから、お袋殿がお節料理を用意しなくなった。これは仕方がないのだが、元々、雑煮が食えない私にとって正月料理という物が無くなってしまった。

正月って何?

正月の意味を真剣に考えてしまった新年2日目であった。